















漫画の会話・場面は、代表本人の経験をもとに読者向けに再構成しています。2018年に設立した法人と、2025年設立の北条送運合同会社は別の法人です。
はじめに|北条送運の代表は、どこから来たのか?
これまで「北条くんの日常」では、軽貨物運送の役割、配送品質、営業活動、AI活用など、さまざまなテーマについて北条送運合同会社の代表・益子に話を聞いてきました。
しかし、そもそも益子は、どのようにして軽貨物運送の世界に入ったのでしょうか。
最初からドライバーを志していたのでしょうか。
それとも、運送会社を経営することが夢だったのでしょうか。
答えは、どちらでもありません。
2014年、益子が目指していたのは、まったく別の仕事でした。
今回から始まる「益子智成・軽貨物ヒストリー編」では、軽貨物との出会いから、2025年の北条送運設立までの歩みを振り返ります。
初回は11年間のダイジェスト。
それぞれの出来事の背景や、当時の心境については、次回以降、詳しく聞いていきます。
1. 2014年4月|軽貨物との出会いは、一本の求人広告だった
――益子さんが初めて軽貨物という仕事を知ったのは、いつですか?
益子:
「2014年の4月ですね。求人広告の営業マンをやっていた頃です」
当時、益子はFacebookを通じて、自分が求人広告の営業をしていることを発信していました。
そんなある日、高校時代のサッカー部の後輩から連絡が入ります。
「会社を立ち上げたので、求人広告をお願いしたい」
比較的親しくしていた後輩からの依頼でした。
益子:
「『分かった。どんなことをやってるの?』って聞いたら、それが軽貨物だったんですよ」
求人広告は、当時の紙媒体の「タウンワーク」。
2014年4月の最終週、ゴールデンウィーク合併号に掲載しました。
通常より長い期間、求人情報誌が設置される合併号でしたが、掲載に追加料金が必要になるわけではなかったといいます。
後輩は会社の専務で、商談は別にいた社長と直接進めました。
これが、益子にとって初めての軽貨物との接点でした。
――当時から、業務委託ドライバーの募集には詳しかったのでしょうか?
益子:
「いや、全然ですよ。雇用の募集と業務委託の募集の違いも、よく分かっていませんでした」
社会保険の扱いについて、勤務先の労働法規担当者に確認するほど、未知の分野だったといいます。
そして、このときの益子には、軽貨物を始めるつもりがまったくありませんでした。
2. 本当にやりたかったのは、学習塾だった
――軽貨物を知って、自分でもやってみようとは思わなかったんですか?
益子:
「いや、全く。あの頃は塾をやりたかったんですよ」
ただし、益子が考えていたのは、主要五教科の成績を上げることだけを目的とした学習塾ではありません。
ディベートなどを通して、自分で考え、自分の意見を持ち、相手に伝える力を育てる場所。
そうした教育の場をつくりたいと考えていました。
その後、2014年の夏には、佐渡島での出会いをきっかけに、退職や塾の準備を考える転機も訪れます。
しかし、人生は当初の計画どおりには進みませんでした。
軽貨物を初めて知ってから、実際に仕事として始めるまでには、数か月の時間がありました。
3. 2015年1月15日|初めて軽貨物ドライバーとして走る
2015年1月15日。
益子は、ヤマト運輸の緑長津田町センターで、下請けの軽貨物ドライバーとして仕事を始めます。
求人広告の営業マンとして外側から見ていた業界に、今度は自ら働く立場で入ったのです。
この宅配の仕事は、2017年7月末まで続きました。
荷物を積むこと。
届け先へ向かうこと。
時間を管理すること。
お客様と直接接すること。
軽貨物の仕事を、現場で経験する期間となりました。
――最初に軽貨物を知った頃には、運送業を始めるつもりはなかったんですよね。
益子:
「そうですね。最初に知ったときには、全く考えていませんでした」
2014年の出会いから2015年の仕事開始までに、何があったのか。
それは今後のヒストリー編で、詳しく取り上げます。
4. 2017年|宅配以外の軽貨物へ
2017年7月末、ヤマト運輸の宅配業務を終えた益子は、翌8月から別の仕事に取り組みます。
ヒップスタイルのスポットチャーターです。
スポットチャーターとは、特定の配送依頼に対して車両を手配し、荷物を運ぶ仕事です。
宅配とは異なり、依頼内容によって配送先や運行内容が変わります。
さらに、その年の秋頃からはAmazon配送にも携わりました。
同じ軽貨物車両を使う仕事でも、宅配とスポットチャーター、EC配送では、仕事の進め方や求められる対応が異なります。
益子が経験する配送の種類は、少しずつ広がっていきました。
5. 2018年|一人で走る仕事から、組織としての事業へ
2018年、益子は働き方を大きく変えていきます。
自分一人が車両を運転して収入を得るだけでなく、ドライバーを集め、組織として配送の仕事を担う方向へ進んだのです。
そして、2018年4月に法人を設立しました。
――ここで、ドライバーから経営者としての立場も持つようになったんですね。
自分自身が安全に荷物を届けることと、複数のドライバーが安定して仕事を行える体制をつくること。
そこには、異なる難しさがあります。
車両や人員の確保。
配送案件の調整。
取引先との関係づくり。
現場の仕事に加えて、事業運営という新しい課題にも向き合う時期となりました。
6. 2019〜2020年|仕事の幅と組織が広がる
その後、益子は佐川急便の配送、PickGo、EC配送など、さまざまな仕事を経験しました。
2020年にはヤマト運輸のEC配送に関する仕事も広がり、約10人規模の体制にまでなりました。
また、この時期には佐渡への移住も経験しています。
軽貨物の仕事を始めた2015年から、およそ5年。
一人のドライバーとして働き始めた益子は、複数の人と仕事を進める立場になっていました。
ただし、事業規模が広がることと、経営が安定することは必ずしも同じではありません。
この後も、さまざまな転機を迎えることになります。
7. 2021〜2022年|家電配送・設置という新しい分野へ
2021年以降、契約終了などの転機を経験し、仕事の内容も変わっていきました。
その中で携わるようになったのが、家電の配送・設置です。
荷物を届けるだけでなく、設置を伴う仕事には、配送とは異なる知識や技術も求められます。
それまでの宅配やスポットチャーター、EC配送に加えて、さらに新しい分野を経験することになりました。
どのような経緯でこの分野に進んだのか。
当時、どんなことに苦労したのか。
この時期についても、今後詳しく振り返っていきます。
8. 2022年9月〜2023年5月|大阪で運営責任者を務める
2022年9月1日から2023年5月末まで、益子は大阪側の運営責任者を務めました。
配送現場で働くことだけでなく、事業や組織の運営に関わる役割です。
それまでに経験してきた、ドライバーとしての仕事と、事業を運営する仕事。
その両方が求められる時期でした。
大阪での経験は、その後の仕事にもつながる一つの転機となります。
9. 2023〜2024年|苦戦、そして会社員へ
大阪から戻った後、益子は営業や取引の面で苦戦する時期を経験します。
そして2024年、家族とも相談したうえで、会社員として働く道を選びました。
勤務先は六興実業。
ここでは、営業活動に加え、原価計算などの考え方についても学びました。
一方、土曜日には、自ら開拓した荷主企業様の配送を継続していました。
――再び会社員になりながら、軽貨物の仕事も続けていたんですね。
ドライバーとしての経験。
事業経営の経験。
営業活動の経験。
そして原価を考える経験。
それまでの歩みの中で、益子の仕事に対する視点も増えていきました。
10. 2025年|北条送運合同会社の設立
2025年2月頃、紹介案件への対応をきっかけに、新たな会社を立ち上げました。
それが、北条送運合同会社です。
2014年4月に初めて軽貨物を知ってから、およそ11年。
最初から運送会社を経営したかったわけではありません。
ドライバーとして宅配を経験し、スポットチャーターやEC配送に携わり、組織を運営し、新しい分野の仕事を経験しました。
事業が広がった時期もあれば、苦戦した時期もありました。
再び会社員として働く選択もしました。
そうした経験を経て、北条送運の設立に至りました。
現在、北条送運が大切にしているのは、安全運行・高品質・高収益という考え方です。
安全に荷物を運ぶことを基礎とし、荷主企業様に「また頼みたい」と思っていただける品質を追求する。
そして、磨いた技能や知識に見合った対価を得ることで、持続可能な事業を目指しています。
おわりに|11年間は、一直線ではなかった
2014年、一本の求人広告から始まった軽貨物との出会い。
2015年、初めての宅配。
2017年、スポットチャーターやEC配送への挑戦。
2018年、法人設立。
2020年、約10人規模の運行体制。
家電配送・設置、大阪での運営責任者、営業上の苦戦、会社員への転身。
そして2025年、北条送運合同会社の設立。
この11年間は、決して一直線ではありませんでした。
当初の夢は学習塾の経営であり、軽貨物との出会いも求人広告の仕事を通じた偶然でした。
しかし、その後のさまざまな経験が積み重なり、現在へとつながっています。
今回の第1日目では、その全体像を振り返りました。
次回からは、一つひとつの時代に焦点を当て、当時どんな仕事をしていたのか、何を考え、何を大切にしていたのかを詳しく聞いていきます。
運送会社の代表になるとは思ってもいなかった求人広告営業マンが、なぜ軽貨物の道を選んだのか。
その答えを、これから少しずつお伝えします。
北条送運合同会社
代表 益子智成
北条くんの日常|益子智成・軽貨物ヒストリー編 第1日目・完